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aka hOLysHiT

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俯瞰しよう2

自分の日記にSNSについての文章がふたつあったことに気づく。
インスタグラム
2014年04月17日02:08
SNSは世界と繋がると言われ続けて結局のところウチワを超えられない。 


かと思っていたがインスタグラムでハッシュタグを付けたら 
本当に知らない外国人と繋がったりした。 

やはり強いのは#ANIMEだろう。 
それきっかけで話しかけられて 
スキンケアが異常に好きな10代のアメリカ人と繋がった。 
SK2とか使っているらしい。10代なのに桃井レベル。 

セーラームーン好きのタイ人や 
コスプレ好きのスペイン人も繋がった。 
アニメはほんとうに強い。 
やっぱり話せる人が少ないのだろうな、とくに海外は。 


外人じゃないけど 
最近だとBiS階段関連の画像をあげたら隠れBiSファンと思われる人や 
ハードコア界隈の人と繋がったりした。 

その中でも#idolタグにひっかかったのだろうか、 
自分の事をかわいいとわかっているネットアイドル未満的な人とも繋がった。 

決してアイドルとかそんな感じになろうとはしていない。 
自分で作った晩ごはんを必ずアップしたり 
カメラ目線ではないちょい横顔の画像をあげたり 
スタイリングを披露したりしている。 

そこにつくコメントは 
かわいい!とか 料理うまいね!とかかる~い感じで 
そのコメントに対して返事するわけでもない。 

プロフィールは英語でちょろっと誕生日を書いたり 
ファッション好きって書いたりしてる程度。 

一体何を求めているのか。 
寂しさがそうさせているのか。 
褒められたいのか。 

しかしこの感想は全て自分に跳ね返ってくる。 
そして字画だけ眺めたら 
褒められたい子供そのもの。 

SNSは現代の幼児退行の象徴という指摘があるが 
この繋がりも結局幼児のふるまいなのだろうか。 
たしかにセカイ系的ではある。 

それはともかく、 
インスタが他のSNSよりもつながりやすいのは 
やはり画像だからだろうな。 
言語はいらないから。 
言語のいらないコミュニケーションはまさに幼児、それ以前だ。 
 
 
 
 
ツイッター
2014年05月15日02:53
ツイッターを1週間タイムラインを追う事をやめた。 


大きな理由は電池消費が酷過ぎることからだったけど 
なんとなくそのまま放置してみた。 

そしたらどうでしょう。 
本を読む時間が増え、音楽にしっかり集中でき、 
さらにはストレスが軽減したように思える。 


時間や集中力については物理的にそうなり得るのはわかる。 
ではストレスは一体なんだったんだろうか。 

なんとくなく思うのは、 
とにかく悪口、もしくはどこの身分でモノ抜かしとるねん的なツイートを 
目にしなくてよくなったからではないか。 

文字にはノイズが含まれないので、 
ギャグで言ってるつもりが本気に聞こえてしまう。 
実際それをツイートすることによって本人もギャグのはずが 
次第に気持ち的に本気になっているのではないだろうか。 
言霊は別に口にする事だけではない。 

どこの身分でツイートは純粋に 
ネット番長というかネトウヨというか冷笑野郎とか言われる類いの人間で 
そういう奴のギャグツイートもろくに面白くない。 
じゃあフォローはずせよという話だが 
人間関係ってめんどくさいねな話なのでできない。 


あとフェイスブックなんか特にそうだけど 
週末をエンジョイしないと死ぬことになってそうな人々の記事って 
なんか息苦しくなる。 


そう、要は自分にはツイッターの才能があまりないのだ。 
5年やって気づいた。 

対策として 
リストに強いJanetterで知りたい情報のみを表示させることと 
極力発信はインスタやタンブラーを経たものにしよう。 


エドガーライトの新作がまだ梅田でやっているらしい。 
早く見に行きたい。 
 
 
 
アンダーカバーの高橋盾氏もツイッターフェイスブックはやめたが
インスタグラムを始めた。
ちなみにヒステリックグラマーの北村氏も始めている。
やはり行き着くところはそれなのかもしれない。
 
アイドルメディアの中で最も優れているのはアイドル自身のインスタ画像・動画
という持論を持っているけど、やはりそれは発信する人の対象物への近さが大きな理由だろうな。
楽屋でごはん食べてると事か、そういうどうでもいいはずのものを見たいから。
文章はやはり遠ざけてしまう、それはそれで各々が想像して楽しいけど。
(これこそどうでもいい話だけど、#ねむのピン回し に勝てるタグはあるのか?)
 
 
上記の日記で「発信は別アプリからをメインにする」と宣言してから、
ツイートへの反応が多くなりフォロワーも増えた。
自分にとってムダなものは人にとってもムダだったということだろうか。
 
エドガーライトの映画は結局見に行けなかった。